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時の質問

時計の針の方向

Q.時計の針はどうして右回り?

時計の針を見て、いつも不思議に思うのはどうして時計の針は右回りなのかです。
左回り、ではなく、どうして右回りに決まったんですか?

A.日時計の影の動きを模しています。

時計のなかで、最も古いものは、太陽光によって作られる影の動きで時刻を知る日時計でした。

日時計は、古代エジプトや古代バビロニアで使用されていたようです。紀元前700年ごろのバビロニアで、天文学者が日時計を作ったという記録や、日時計が使われていたという記録が残っています。
太陽とかげの動き図解イメージ 最初は木や石で出来た棒を垂直に地面に立て、その影を観測するという原始的なものでしたが、日の出から日没までを等分に目盛ったものなども現れ、少しずつ工夫され進歩しながら、世界各地へと広がっていきました。

北半球にある地域では、地面に棒を立てて影の動きを追ってゆくと、その影は、右回り、つまり時計回りに動いていきます。

この日時計をもとに、アナログ時計の文字盤の文字配列が作られていったため、その後の時計は、右回りが受け継がれていったと言われています。

しかし、南半球にある地域では、同じ日時計を使って影の動きを観測すると、北半球とは反対の左回りとなるのでは?という疑問をお持ちになる方もいるでしょう。

これについては、時計が発明された当時、地球上にあった文明の多くが北半球に集中していたため、右回りが採用されるようになったと考えられています。

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3時の「おやつ」

Q.「3時のおやつ」は、どうして「8つ」?

3時におやつを食べますが、なんで3時なのに「8つ」なんですか?

A.八ツの頃に食べたからです。

おやつの語源は、日本で古くから用いられていた時刻制度に由来します。
日本では、明治5年以前は不定時法を用いていました。この時刻制度は昼、夜の長さをそれぞれ6等分して1刻(いっとき)としましたが、季節によって昼と夜の長さがちがいます。これによって1刻の長さも変化しました。

このような時刻制度では、例えば夏至の頃には昼の一刻が2時間40分、夜の一刻が1時間20分と、同じ一刻でも季節や昼夜で違っていました。
時刻の数え方や和時計の表示の仕方も次のように表現していました。
十二支の「えと文字」が、子(ね)-九ツ、丑(うし)-八ツ、寅(とら)-七ツ、卯(う)-六ツ、辰(たつ)-五ツ、巳(み)-四ツ、午(うま)-九ツ、未(ひつじ)-八ツ、申(さる)-七ツ、酉(とり)-六ツ、戌(いぬ)-五ツ、亥(い)-四ツと、それぞれの数字にあてられていました。

日の入りの頃を暮れ六ツ、日の出の頃を明け六ツといいました。
不思議なことに一ツ、二ツ、三ツは用いられませんでした。このような方法がとられた理由についてはよく分かっていません。

有名な落語「時うどん」(関東では「時そば」)でもこの時刻制度は登場します。この落語の中では夜の屋台でうどんを食べた熊さんが支払いの時に一文銭を一ツ、二ツ、と数え、八ツめを数えたときに「今何時(なんどき)だ?」と屋台のおやじにたずね、「へい九ツで」と答えさせた後、「十、十一、十二、これで十二文」と支払いを一文ごまかし、落語を聞きに来たお客の笑いを誘います。この落語の九ツは真夜中の12時頃になります。
既にお気づきのかたもおられるかもしれませんが、おやつは正午の頃(九ツ)の一刻後、つまり八ツのころ(現在のだいたい午後2時~3時ごろ)に食べることに由来しています。

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秒の単位について

Q.秒の単位の「1秒」はどのように決めているの?

100m競争で10秒をきる陸上選手がいますが、「1秒」の長さはどのように決めているのですか?

A.1秒の長さは、原子の振動数で決めています。

1秒という時間の単位は、日常生活の中で使われている最も短い単位です。

現在、私たちが使っている時間間隔の単位「秒」は、1967年10月の第13回国際度量衝総会において次のように決められました。「秒」は、セシウム133の原子の基底状態における2つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9192631770周期の継続時間と決まっています。

昔は、太陽や星の動きを観測して時刻を合わせていました。いいかえると、地球の自転をもとにして1日の長さを決めていました。

そして、1日を24等分して1時間とし、1時間の1/60を1分、1分の1/60を1秒としていたのです。1秒は1日の86400分の1にあたります。

ところが、近年の観測技術の発達によって、地球の自転が変動していることが明らかになってきました。このことは、地球の自転時間の変化によって、1日の長さも1秒の長さも厳密にはいつも同じではなかったのです。
そこで、現在では、原子の振動を利用した原子時計で1秒の長さを決めています。

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うるう秒について

Q.「うるう秒」ってなあに?

「うるう秒」があるって聞きましたが「うるう秒」ってなんですか?

A.1秒を挿入したり引き抜いたりする調整作業です。

私たちの生活は、地球の自転による太陽の動きを基本としています。ところが太陽の動きを詳しく調べると非常に複雑な動きをしています。そこで地球の自転にもとづいて赤道上を一様な運動をする仮想天体(平均太陽)をもとに決めた時刻を使うことにしました。これを平均太陽時といいます。

しかし地球の自転は潮汐力などにより不規則に変化するため、時間の定義としては不都合であることがわかってきました。そこで極めて規則正しい信号を出す原子時計からの信号を用いた時間が定義されました。
原子時計によって決められた時刻を原子時といいます。原子時は、地球の自転とは関係なく正確に時を刻みます。

そこで原子時に基づきながら地球の自転との時刻差が一定範囲に収まるように管理された時刻を使うことになりました。これを協定世界時と呼んでいます。
1972年から使われている協定世界時は、平均太陽時の時刻差が0.9秒以内に収まるように1秒を挿入したり引き抜いたりします。この調整を「うるう秒」といいます。

うるう秒の実施は、世界各地の天文台の地球回転データと国際原子時との検討から国際地球回転測量事業という機関によって決定され、全世界で一斉におこなわれています。

1秒の調整は12月か6月の末日の最終秒に1秒を挿入したり引き抜いたりしておこなわれます。それでも調整できないときは3月か9月の末日に、さらに必要であれば任意の月の最終日におこなわれます。
日本の場合、協定世界時と9時間の時差があるため、うるう秒の導入は翌日の午前9時の直前におこなわれます。

例えば1秒の挿入の場合は8時59分59秒、8時59分60秒、9時0分0秒というように、午前9時の直前の1分間が61秒になります。

うるう秒(閏秒)は、1972年1月1日から27回、最近では2017年1月1日に実施されました。

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時の記念日について

Q.「時の記念日」はどうして6月10日?

どうして6月10日が、「時の記念日」になったんですか?
なにか、6月10日って特別な日なんでしょうか?

A.天智天皇が初めて漏刻で時を知らせた日だからです。

日本書紀によると、天智天皇10年( 671年)の「夏四月の丁卯の朔辛卯の日( 旧暦の4月25日)」に日本で漏刻(水時計)により時を計り、初めて人々に時を知らせたとされています。この日が太陽暦で6月10日にあたります。

1920年5月16日から7月4日の期間に時の展覧会が教育博物館で開かれ盛況でしたが、この開催期間中に東京天文台及び生活改善同盟の幹部らの相談がまとまり、天智天皇の漏刻を使って日本で最初に時報が知らされたことから時の記念日が制定されました。

天文科学館は、昭和35年 6月10日「時の記念日」に開館しました。

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日本標準時について

Q.日本標準時はいつから使っているの?

日本の標準時は、いつごろから使いはじめたのですか?

A.日本標準時は、明治時代におこなわれた国際子午線会議の議決にもとづいて決まりました。

日本標準時が制定されたのは、明治19(1886)年のことです。それは、その2年前の明治17(1884)年にアメリカのワシントンで開催された「本初子午線並計時法万国公会」(以下、国際子午線会議と呼ぶ)の決議にもとづいたものです。

国際子午線会議では、イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線を、世界中の経度と時刻の基準とする本初子午線(Prime meridian)として、そこから経度が15度へだたるごとに1時間ずつ時差を持つ時刻を、世界の各国が使用することを決議したのです。これを経帯時といい、世界中に24の経帯時ができることになりました。

この子午線会議の決議にもとづき、明治19(1886)年7月12日に、勅令第51号「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」が発布されまいた。その内容は、

一、英国グリニッチ天文台子午儀ノ中心ヲ経過スル子午線ヲ以テ、経度ノ本初子午線トス。
一、経度ハ本初子午線ヨリ起算シ、東西各百八十度ニ至リ、東経ヲ正トシ西経ヲ負トス。
一、明治二十一年一月一日ヨリ、東経百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ、本邦一般ノ標準時ト定ム。


というものです。

明治19年といえば、小学校令、中学校令、師範学校令、帝国大学令が公布され、日本の学校制度が確立された年でもありました。しかし全国の交通網はまだ密ではなく、標準時制定の必要性はアメリカやヨーロッパ諸国ほど切実な問題ではなかったのです。

したがって、明治21(1888)年からの標準時実施に先立っては、明治20年7月4日付の官報には、各府県庁所在地の地方時と標準時の時差表を掲載したり、さらに同年12月19日の官報には、標準時はわが国全般に守るべきものであること、また標準時は、西の地方においては従前より早くなり、東の地方では従前より遅くなること、などを重ねて周知させていました。

このようにして、明治21年1月1日午前0時0分に、内務省地理局観象台から全国の電信局に通報され、東京やその他の都市で号砲のあるところでは号砲を発し、日本標準時が使用され始めたのです。この時から、明石の地方時が日本全国の標準時となったのです。

※日本標準時制定記念日は、勅令への署名(決定)がおこなわれた7月12日を記念日とする考え方の他に、公布された7月13日を記念日とする考え方があります。明石市では、75周年、100周年の記念式典を7月12日に実施してきた他、75周年記念切手も7月12日に発売されていることからも、7月12日を記念日として紹介しています。

Q.日本標準時はどこから出されているの?

日本の標準時の時報は、天文科学館から出ているのですか?

A.日本標準時は、標準電波で報時されています。

天文科学館は日本の標準子午線上にありますが、この天文科学館から日本標準時の標準電波報時が出されているわけではありません。
現在、日本標準時の標準電波報時は、独立行政法人(旧郵政省)情報通信研究機構の管理により、福島県都路村(みやこじむら)と川内村(かわうちむら)の境にある大鷹鳥谷山(おおたかどややま)の長波帯標準電波施設から標準電波(40kHz、呼出符号JJY)と福岡県と佐賀県の県境の羽金山(はがねやま)山頂の長波帯標準電波施設から標準電波(60kHz、呼出符号JJY)が 発信されています。

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正午について

Q.お昼の12時は、本当は何時?

お昼の12時は、午前ですか?午後ですか?

A.「午前12時」または、「午後0時」です。

お昼の12時は「午前12時」あるいは「午後0時」です。

午前と午後の呼び方については、明治5年11月9日の太政官布告第337号(改暦の布告)に、下記のように記されています。

一 時刻ノ儀、是迄昼夜長短ニ随ヒ十二時ニ相分チ候処、今後改テ時辰儀時刻昼夜平分二十四時ニ定メ、子刻ヨリ午刻迄ヲ十二時ニ分チ午前幾時ト称シ、午刻ヨリ子刻迄ヲ十二時ニ分チ午後幾時ト称候事

上記の布告により、午前は0時より12時まで、午後は0時から12時までとなります。
午前、午後を標記する場合には、お昼の12時30分のとき午後0時30分と書けばよいでしょう。

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